劣等感を利用する
できないやつは「できない自分」がデフォルトになっています。
学校や会社、日常生活において人よりうまくいかない事が多かったのではないでしょうか?
しかし、それだけにできないやつは”できない自分の経験値”が高い。
どういう事かというと「うまくいかない自分の状況」に耐性ができています。
できるやつは「失敗した自分は格好がつかない」と思っているので、回避します。
低IQはここが違う!
よく理解できてないから、とりあえずやってみるのです。
例えば資格試験や就職面接など・・
受験資格が通れば、とりあえずやってみたりする。
そして落ちる➡受けてみる➡落ちるを繰り返すとします。
「もう落ち込むから辞めたら?」となりがちですが、人知れずひっそり受けます。
私は宅建を受験しています。
4~5回受けています。もちろんすべて落ちています。
ですが知らない間に全く受けてない人よりも、土地や建物に詳しくなりました。
子供時代は数学、英語~スポーツなど決まった枠の中で秀でないと認められはしませんが、大人になるとおのずとジャンルが広がります。
たとえできなくても、それなりにあがいていればゼロのやつより賢くなってます。
この辺の劣等感を利用してうまく自己肯定感につなげています。
さて先日、1年間さぼったホコリだらけのエアコンを掃除しました。
おかげでエアコンの今まで知らなかった掃除自動機能も知ることができました。
思ってるほど着地点は変わらない
周りがみんなできていて、自分だけできないことに憤りを感じたことはありますか?
誰しも一度はあるはずです。
何もかも恵まれてそうな人でも、なにか一つはできないことがあるはず。
私は幼少期から「周りの子よりできない」子供でした。
集団生活に入ってからは日々コンプレックスの塊。
今になってみると狭い世界だけど、子供時代の学校は自分の世界の大きなシェアを占めます。
そんな世界の中で、「できない子供」は遠慮することを覚えます。
傷つきたくない。できない自分をさらけ出したくない。
時は過ぎ、中年になると・・ふと周りを見渡せば、学生時代にキラキラしてたアイツ・・今は普通に地元のスーパーで会い、新しくできた商業施設に足を運び、子供の成長と共にいきるお父さんやお母さん。または独身で旅行や飲み会を楽しんでたり。
学生の時に感じて壁ほどの生活水準の差が無くなっています。
子供のころ感じた「自分だけできない」は、将来を大きく左右するほどのものでもなかった。
ということは、今やらかしている事も40年後を左右するほどの事由にはならないだろう。
自分の能力不足にいちいち落胆しなくて大丈夫だったようです。
さて、出し忘れてた燃えないゴミをまとめてきますね。
大丈夫、次回出せれば同じこと。着地点は変わらない。
本日もやらかした
家事や日常生活でこんなことありますか?
- 1.洗濯したけど、干すのを忘れた。
- 2.電子レンジに入れたおかずを出すのを忘れた。
- 3.いっぺんに色々言われると頭がパンクする。
だいたいの方は「私もあるよ」「忙しいと忘れるよね」と言ってくれます。
いえ、私は余裕があろうが無かろうが忘れるのです。
頻度は多すぎて数えてない。
タスクが重なるともう訳が分からなくなるのです。
様々な仕事をした中で、瞬発的に判断をしなくてはならないものは自分に向いてないと薄々感づいていました。
電話の問い合わせや対応も、途中から自分で何を言ってるかわからなくなります。
頭の中に入らなくなり、うわの空になります。
2~30代までは「社会で活躍できる自分」を目標に掲げていました。
40歳を過ぎて、気づきました。
できないこと、苦手なことをコンプレックスに感じたところで、あと寿命どのくらいだ??
健康寿命が70歳くらいだとしても、あと30年も残ってない。
”できるやつ”だって、これから20代の時のようなパフォーマンスを出せるかは謎で、病気や体力面のリスクは大きくなる。
せっかくだから、できないやつを活用しよう!と心に決めました。
このブログは「今日も失敗した!」という社会人、「子供の今後がちょっと心配」な親御さんが、ふっと気がまぎれるようなエピソードを載せていきたいと思います。
さて、昨日から干しっぱなしの子供のカーディガンを取り込んできますね。